大阪高等裁判所 昭和42年(う)1521号 判決 1968年2月19日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
弁護人両名の各控訴趣意第一点について。
論旨は、原判決は法令の適用を誤つた違法がある。(一)刑の執行は検察官の専権に属し、受刑すべき者は固より、弁護士その他の者の介入をも許さない性質のものであるから、よしんば、これらの者から刑の執行延期申請がなされたとしても、それは単に検察官の職権発動を促すにとどまり、法律的になんら権利義務の関係を生ずる筋合のものではない。従つて、弁護士が右申請をしたとしても、それは単なる労務提供、すなわち、事実行為に過ぎない。(二)刑の執行延期申請の如きは、弁護士でなければ出来ない種類のものではなく、本人自らもこれをなし得るのであるから、弁護士の業務に属しないことは勿論、これに附随する業務にも該当しない。又弁護士法七二条にいう「法律事務」とは、法律上の効果の発生、変更を伴う事項であつて、かつ、訴訟事件の係属中になされることを要するところ、刑の執行延期申請は刑事訴訟事件の終了後になされるものであるから、これについてはもはや「法律事務」なる観念を認める余地はない。(三)刑罰規定は厳格に解釈し、いささかも拡張解釈を許さないとの大原則から考えても、訴訟事件はあく迄も訴訟事件であつて、その発展的段階までも包含すべきではないのに、原判決がこれを取り上げて刑事訴訟事件に附随するものと認定したことは、まさに叙上の大原則に反して拡張解釈を行なつた違法がある、というのである。
よつて調査するに、原判決は「被告人が弁護士でないのに、報酬を得る目的で、原判示第一、二のとおり、古川宏及び中井守のため刑の執行延期を申請し、それぞれ訴訟事件に附随する法律事件に関して法律事務を取り扱つたものである」旨認定して弁護士法七七条七二条を適用しており、右七二条本文には「弁護士でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、異議申立て、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない」と規定されている。また弁護士の取り扱う職務を規定した弁護士法三条一項には、「弁護士は、当事者その他関係人の依頼又は官公署の委嘱によつて訴訟事件、非訟事件及び、審査請求、異議申立て再審査請求等行政庁に対する不服申立事件に関する行為その他一般の法律事務を行うことを職務とする」とあるに過ぎないけれども、弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現する使命を有し(弁護士法一条一項参照)、本来私的な地位に立ちながらその職務は多分に公的な本質を具有しているので、法律上極めて高く評価されている反面、法は、その資格、要件を厳格に定め(同法四条五条参照)るとともに、常に深い教養の保持と高い品性の淘やに努め、法令及び法律事務に精通しなければならない(同法二条参照)ことを要求し、さらにその行為については種々の角度からこれを規制している。思うに、弁護士が、かかる厳重な規制の下に在るのは、その重大な使命、職責にあるからであつて、しかも右職務の性質にかんがみると、弁護士の職務の範囲は、特に他の法律で制限されていない限り、広く法律事件に関する法律事務全般に亘るものと云うべく、しかも、それは、当事者その他の関係人が自らこれを行ない得ると否と、現にそれが事件として裁判所に係属中のものであると否と、将来又法律上の効果の発生、変更、消滅を伴う事項であると或いは単に職権発動を促すに過ぎないものであるとを問わず、卑しくも前記使命を達成するためのものである以上、すべてこれに包含されるものと解するのが相当である。そこで弁護士法七二条の弁護士でない者が取り扱うことを禁止されている事項と同法三条一項所定の弁護士の職務とを比照すると、その文言に多少の相違はあるが弁護士法七二条本文制定の目的は、法律的知識についてなんらの保証なく、かつ、法の規制を受けない者に、報酬を得る目的で、自由に法律事務を取り扱うことを許すとすれば、その結果、弁護士の品位を傷つける等の事態を惹き起す虞れがあるばかりでなく、それ以上に、多くの人々の法的生活を不安定に陥らせ、重大な社会混乱を招来する危険性なしとしないので、これらを防止するため、弁護士の職務の範囲内の事項につき非弁護士にその取扱を業とすることを認めないことにあることを考慮すると、両者の内容は全く同一であり、同法七二条本文で弁護士でない者が取り扱うことを禁止されている事項は、弁護士の職務に属するもの総てに亘るものと云わなければならない。
そして証拠によると、右刑の執行延期申請は、自由刑の言渡を受け判決の確定した者か、病気等によりその執行の延期を受けるため、自己名義または弁護士名義でその理由を記載した上申書等に、身元引受書、医師の診断書等を添付して所轄検察庁に提出してこれをするものであり、これにより係検察官がその申請事由を調査し、執行延期を相当と認めるときは、期間を限定してその執行延期を決定するという取扱いがなされているのである。
もとより刑の執行は判決の確定後に行なわれるものであつて、刑事訴訟事件そのものではないが、国家権力による法的強制であり、その執行延期申請はその始期の変更を求めるもので、刑事訴訟事件に伴う法律事件というべきであるから、その処理は法律事務ということできる。それが裁判所に事件として係属中でないとか、終了後であることをもつて法律事務たることを否定するのは、徒らに弁護士の職務の範囲を狭めるものであつて相当でない。もつとも刑の執行、殊にその始期の決定の如きは検察官の専権に属する事項であつて、当事者がその延期申請をするのは、単に検察官の職権の発動を促すだけのものに過ぎないけれども、右の如き申請は、刑の執行延期を相当とするかどうかについての適切な判断と疏明資料の蒐集等の手続を必要とするから、かような事務も前説示の如く弁護士の職務の範囲に含まれると解するのが相当であり、単に事実行為たる労務の提供に過ぎないとして弁護士の職務に含まれないとするのは当らない。
なお原判決は、刑の執行延期申請をもつて、刑事訴訟事件に附随する法律事件として、訴訟事件に包含されるものと解したことは明らかであるが(この点は叙上のとおり相当でないが判決に影響を及ぼすほどの瑕疵とはいえない)、これは「訴訟事件」の用語的意味の解釈に属するところであり、それが所論の拡張解釈であるとしても類推解釈とはなし難く何等違法ということはできない。引用の判例は事案を異にするので本件には適切ではなく、他にこれを左右する資料はないから、結局、原判決には所論のような法令適用の誤がないことに帰着する。論旨は理由がない。<以下省略>
(山田近之助 鈴木盛一郎 岡本健)